神戸一中、神戸高校との対戦


 


2016年5月11日(水) 神戸高校グラウンド

兵庫、苦戦も接戦制す
常城が踏ん張って零封
 
兵 庫   0 1 0   0 0 0   0 0 2 3
神 戸   0 0 0   0 0 0   0 0 0 0
 

2008年6月29日 スポーツニッポン掲載記事 
      「皆勤校 90回目の夏 第一回大会より古い”神戸の早慶戦”(2008/7/18)


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思い出の定期戦(2008/11/10)

 昭和34年定期戦の写真はこちら(PDF)
          兵庫高新聞記事はこちら(PDF)

 昭和34年定期戦[桑原氏(48陽会)からのコメント]

 ---数少ない、高校時代における野球生活での自慢の一こま---

  第2の人生ほぼ一巡し、最近はマイペースで生活を送っています。
  やっと、アルバム等整理にかかりだしました。なんと同じような写真の多いことか?
  (ゴルフ場ーーー)。 その中から高校時代の新聞のスクラップ記事がでてきました。
  数少ない、高校時代のほろ苦い自慢の1コマです。


定期戦の歴史

神戸一中との野球定期戦は、大正2年頃から東遊園地で両校生徒の応援団そして神戸市民も巻き込み、早慶戦を擬して双方に分かれ、熱狂する最も大きな年中行事となった。(大正6年撮影)

定期戦秘話(野瀬 芳雄氏(村野工、関学OB) ご提供)


【一中との野球定期戦】《武陽》

一中との野球定期戦は、年中の最も大きな行事となり、神戸の名物の一つであったが、これがいつごろ始まったかはっきりしない。

それ以前より、ときどき行われていたものが、大正の初めごろから全校応援の学校行事に発展したものであったらしい。

最も早い時期のものとしては、大正2年の定期戦があり、この時の思い出を第6(大正7年卒、6陽会)の先輩岸本胤夫氏は『私が入学した年に対一中戦があり、……最終回、一中軍打者が内野ゴロを打ち、その球が、遊撃から武さん(:2回生・山崎武二氏)のミットにおさまって終了となったが、その時の武さんが、ボールをとった瞬間の姿勢と、途端に全校応援団が歓声をあげてわきたった情景は、眼底に焼きついて、50年を経た今日でも、なお思い浮かべることがある』と、当時の感激を語っている。

その頃一中は、関学とともに、県下でも最も強いチームであったので、一般の予想は一中の勝利を予想していた。その一中を破ることができた感激を、岸本氏の言は実によく伝えているではないか。


神戸二中(現・兵庫高校)が、初めて神戸一中(現・神戸高校)と対戦したのは1908(明治41)年の10月。すでに創部13年目を迎えていた「兄弟校」に誘われての対抗戦だった。神戸二中はその春に開校したばかり。試合の結果は0−6の完敗だった。校内報の「武陽通信」は、その悔しさを「無情に似たる白雲は涙となりて落ちにけり」と伝えている。 

その4ヵ月後、神戸二中は、自校のグランドに神戸一中を招いた。今度は7−5で勝利。見事な雪辱に「武陽通信」は「意気旺盛 英姿凛々たり」と選手を賞賛した。

これをきっかけに両校は、対抗戦を通じて技術のレベルを上げた。

「質素剛健 自重自治」の校訓や、軍隊のお下がりを再利用したカーキ色の制服、さらにはグランドで立って弁当を食べる習慣などが同じ。兄弟校意識の強さが対抗心をあおる結果にもなった。

黄金期を迎えた両校は素晴らしい実績を残している。

神戸二中は、1915(大正4)年の第1回の全国中等学校優勝野球大会(現・全国高校野球選手権大会)に出場したのを皮切りに、戦後、春の選抜大会に兵庫高時代を含め、4度歩を進めた。

 一方、神戸一中は1919年(大正8)年の、第5回全国中等学校優勝野球大会で、初出場ながら兵庫県勢初の全国制覇後を遂げた。その後も春夏合わせて6回、全国大会に出場した。 

伝統の定期戦は中断された時期もあった。応援が過熱したのが最大の理由。1937(昭和12)年に復活した。1949(昭和24)年の選抜大会で甲子園の土を踏んだ土居光夫氏(38陽会)は、定期戦の盛り上がりぶりをこう振り返っている。

「試合後、両校ナインはいつも涙を流した。勝てば喜びのあまり、負ければ悔しさのあまり・・・。それだけ母校の名誉をかけて必死に戦っていたんです」 

右開会式写真拡大62陽会 大西真理子氏 提供)

兵庫高校は1966(昭和41)年の選抜大会を、神戸高校も神戸一中時代の1947(昭和22)年を最後に、それぞれ甲子園から遠ざかっている。                            

しかし、定期戦の伝統の灯はもちろん消えていない。初対戦から95年目の2002(平成14)年5月、兵庫高校での試合は追いつ追われつの大熱戦。8−8の引き分けとなった。激闘の歴史そのままの試合展開だった。

2003(平成15)年は、残念ながら雨天中止とななり、決着は翌年に持ち越された。

2004(平成16)年、五月晴れの5月12日、兵庫高校グランドで、両校約2,000名の応援のもと、熱戦が繰り広げられた。投打に一日の長があった兵庫高校が8対2で 勝利し、二年越しに決着がついた。

今後とも、武陽野球倶楽部の皆様、母校の応援をお願いします。


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