大正4年(3陽会)1915年

NO1

《武  陽》
◎對關西學院普通部(第一回戰)
大正4年5月
16日(日)神戸二中  午前9時50分開始 11時終了  審判 原 

 關學普通部 001 000 300=4
  神戸二中 200 003 20A=7
 

       打安犠三四補刺得
 〔二中軍〕 撃全牲 死殺殺
       數球球振球數數點
 6 今 村 42000422
 2 睦 好 300101
14
 3 村 田 21020030
 5 兒 島 21020022
 7 田 中 31010000
 4 岸 本 20020110
 8 箸 倉 11030111
 7 橋 本 20010120
   合計 
 2370122225 

 〔關普軍〕
 8 渡 邊 30011001
 3 中 川 42010081
 6 竹 中 20020121
 9 松 田 40101001
 2 熊 澤 000403
11
 5 島 村 20121320
 7 近 藤 50000000
 4 上 原 30010000
 1 頼 廣 30110
1320
   合計 
 2623122025 

 大正四年五月十六日午前九時五十分、我軍は關普の挑戰によりて萩原氏(關高)を審判官として、武陽原に於て干戈を交えぬ。

 第一回。關普軍先攻す。敵の第一打手渡邊、田中の鐵腕に屠られて三振し、中川三壘の失に生き、松田四球に出でしも、竹中、熊澤三振して我軍代り攻む。今村遊撃ゴロに死せし後睦好三壘を過らしめその暴球により一擧二壘を奪ひ、村田三振し續く兒島猛打すれば、左翼安全球たりしに、敵周章の餘り逸して遂に本壘打となり、我軍二點を占め田中三壘ゴロに斃る。

 第二回。島村三振し近藤遊撃飛球に死し、上原三壘を襲ひて生きしも頼廣遊撃に打ち為に上原二壘に刺さる。我軍藤原、岸本、箸倉盡く三振して止む。

 第三回。渡邊四球を利し續く中川の左翼安打に二壘に進み次いで三壘を盗み、松田の投手バントに渡邊生還す。之より前竹中三振し、熊澤凡死の後島村四球に出でしも、近藤左翼飛球に死すに及び中川、松田、島村残壘。我軍橋本Pゴロに死し、今村三壘を強襲して生き二壘を得、更に三壘をスティールせんとして刺され、睦好二壘の失に出でしも、村田三振して残壘。

 第四回。上原三壘を過らしめ、頼廣遊撃ゴロに生き渡邊飛球を遊撃に呈し。上原を三壘に送りしも頼廣二壘にフォースアウトとなり上原一擧本壘に入らんとして岸本の投球正鵠を得本壘に刺さる。中川三振して我軍代る。兒島三振の後田中安全球を打ちしも、藤原の一壘飛球にダブルプレーを演ぜらる。

 第五回。竹中三壘ゴロに生き、松田の犠牲球に二壘に進み次いで三壘を得しも、熊澤、島村本壘に憤死して退く。我軍岸本、箸倉、橋本凡打して止む。

 第六回。近藤三壘を強襲して出で、上原中堅飛球に斃れ頼廣の犠牲球に二壘を占め、渡邊遊撃の失に出でしも近藤三壘に進まんとして刺さる。我軍のオーダーは第一打手に還り今村劈頭左翼越の三壘打に出で、睦好捕手にバントを呈して生き、村田投手飛球に死せしも走者は尚二壘三壘にあり。
 兒島Pゴロに出で田中投手に飛球を獲られ二死の後藤原の安全球を右翼手失して三壘打となり。前三騎轡を並べて生還す。續く岸本惜しくも三振して藤原残壘。

 第七回。中川中堅に安打して竹中の二壘の失に生くると同時に三壘に至り、松田一壘に凡打せしを一壘手逸球し轉々として外野に及び中川、竹中牙城に入り一死の後島村の犠牲球と近藤の遊撃の失に出でしによりて、松田生還せしも續く上原三振して我軍代り攻む。
 箸倉ボックスに立つや否や左翼安打を飛ばし一死の後今村再び遊撃を抜くセイフヒットに出で、箸倉生還し睦好の犠牲球に今村三壘に進み續く村田の遊撃越の安打に牙城を陥れ、村田二壘を盗み更に三壘に至らんとせしに敵もさる者遂に挟撃せられて死す。

 第八回。頼廣三振の後渡邊遊撃ゴロに生き、中川凡死し竹中死球に出で、松田三壘を過まらしめしも渡邊本壘をスティールせんとして刺さる。田中ファウルを一壘に呈して斃れ、藤原一壘の失に出でしも後援續かず。

 第九回。敵軍最後のインニングにして大いに為すあらんとせしも熊澤三振し、島村遊撃に凡打して斃れ、近藤左翼飛球に死し遂に四對七+Aにて我軍の勝に帰し時に午前十一時なり。(HY稿) 

◎對神戸商業戰
大正4年5月
20日(木)神戸商業  午後3時30分開始  審判 松尾、天野

 神戸商業 000 001 0=2
 神戸二中 200 204 A=8
 

       打安犠三四補刺得
 〔二中軍〕 撃全牲 死殺殺 
       數球球振球數數點
 6 今 村 31010112
 2 睦 好 410001
10
 3 村 田 21111051
 5 兒 島 11020011
 1 田 中 42000
1311
 9 藤 原 21020001
 4 岸 本 20010110
 8 箸 倉 21010001
 7 橋 本 30000010
   合計  
2381811620 

 〔神商軍〕
 3 平 井 10030040
 8 西 澤 00021000
 5  柳  10011020
 6 末 永 30000331
 2 喜 多 00011071
 4 坪 井 00011210
 1 瀧 川 10011
1000
 9 永 井 30000000
 7 生 田 30000000
   合計  
1200951517

 大正四年五月二十日。我校は商業より挑戰状を送られ直ちに快諾して商業學校々庭に於て相見えぬ。

 午後三時三十分審判官のプレーを宣する聲場内に響きて戰端は開かれぬ。

 第一回。神商先攻す。第一打手平井三振し西澤四球に出でしも投手の為一壘に刺され續く柳三振して退きぬ。我軍代り攻む。今村左翼の失に一擧二壘を奪ひ一死の後村田の右翼安全球に三壘に進み次いで田中の中堅安打に二騎生還す。兒島凡死し田中盗壘を重ねて三壘に至りしも藤原三振して残壘。

 第二回。末永遊撃を襲ひて生きしも續く三者悉く田中の快腕に屠られ本壘に憤死し我軍又凡打に終る。

 第三回。兩軍無為

 第四回。西澤三振し柳遊撃を襲ひて出で二壘を得しも空しく投手に刺れ末永三壘の失に生き盗壘して遂に三壘に進みしが喜多死球、坪井四球に出づるに及びは本壘を奪はんとし成らず。我軍代り攻む。田中劈頭右翼安打に、藤原内野ヒットに出で岸本凡死の後、續く箸倉右翼越の二壘打を飛ばし田中悠々として牙城を陥る。
 橋本遊撃を突きて生き、藤原機を見て生還す。今村三壘にライナーを獲られ、箸倉離壘せし為ダブルプレーを演ぜらる。

 第五回。瀧川四球により一壘を得しも續く永井、生田、平井凡打して止む。我軍睦好遊撃飛球に斃れ、村田四球、兒島死球に出で田中三壘を過まらしめて生き滿壘となりしも、藤原、岸本三振して好機を逸す。

 第六回。敵軍西澤三振して退き、柳四球に出で次いで三壘に到しも投手の策に陥りて死す。末永二壘の失に生き、喜多四球、坪井死球に出で滿壘の際瀧川の投手を失策せしめし為末永、喜多生還し、永井捕手に飛球を呈して生きしも坪井本壘を奪はんとして成らず。我軍代り攻む。

 箸倉ナットアウトに生き、橋本凡打せしも今村の中堅左翼間の二壘打に箸倉本壘に入り、續く睦好の安打に今村生還し、村田犠牲球を打ち睦好三壘に進み續く兒島ボックスに立つや否や長棍一打すれば美事左翼の塀を越す本壘打となり、二騎轡を並べて牙城に入る。田中遊撃を襲ひて生きしも、藤原二壘ゴロに斃れて残壘。

 第七回。敵軍大いに奮闘せんとせしも我が堅實なる守備を抜くこと能はず。生田遊撃に名をなさしめ平井三振し、西澤死球に出でたれど、睦好の投球正鵠にして二壘に刺され、我軍遂に大勝せり、 (HY稿) 

◎對神戸一中戰
大正4年5月
21日(金)神戸二中  午後4時20分開始  
 審判 三木(球審)萩原(壘審)

 神戸二中 000 200 001=3
 神戸一中 002 101 00A=4
 

       打安犠三四補刺得
 〔二中軍〕 撃全牲  殺殺
       數球球振球數數點
 6 今 村 31010320
 2 睦 好 41000050
 3 村 田 10002181
 5 兒 島 21020001
 1 田 中 40000641
 9 藤 原 31101000
 4 岸 本 30010100
 8 箸 倉 30101000
 7 橋 本 20020050
   合計  
2542641124 

 〔一中軍〕
 6 平 井 40010420
 3  梶  32010010
 8 坂 野 40000010
 5 井 上 420002
15
 2 鈴 木 20011260
 4 石 本 20011110
 7 中 田 42000001
 9  全  20102000
 1 久保田 40000
1001
   合計  
2961441926

 前に神商、關普と戰ひて勝利を得たる我軍は更に一中よりの挑戰を快諾したり。
之より選手の練習猛烈を極め全校擧って應援歌の練習に従事せり。

 時維大正四年五月二十一日。天快晴にして一點の雲も無し。敵の應援軍午後三時二十分例の五色の吹流しを先頭に校歌を唱しつゝ校庭に入る。之に後るゝ事數分にして五年級の應援軍控室より出發し我が校歌に加ふるに音楽隊を以てし校庭一周の後四年級より一年級迄の應援團正門より入り前者と同じく場内を一周して本壘より左翼に陣取り、敵は本壘より右翼に至る間に陣し實に觀者をして神戸球界覇者戰の感有らしめき。
 殺氣武陽原頭に漲ぎり、白装の九戰士今は全く準備終りて時刻の至るを待つ。

 午後四時二十分關高の三木(球審)萩原(壘審)兩氏の審判にて我軍の先攻に戰の幕は開かれぬ。

 第一戰。表。今村投手にゴロを呈して死し、睦好遊撃飛球、村田中堅飛球に斃る。
 裏。平川遊撃に凡打して梶二壘越の安打に出でしも二壘を奪はんとして刺され坂野Pゴロに止む。

 第二戰。表。兒島三振し田中凡死の後、藤原四球に出でしも後援續かず。裏。井上遊撃ゴロに死し、鈴木、石本凡打して退く。

 第三戰。表。箸倉遊撃を襲ひて死し、橋本、今村三振す。裏。中田先づ左翼安打に出で一死の後久保田中堅右翼に飛球を呈して生き走者は二壘三壘にあり。
平川三振し續く梶中堅の右を抜く三壘打を飛ばし中田、久保田生還し坂野一壘ゴロに死す。

 第四戰。表。我軍大いに奮起し一死の後村田四球を利し、兒島三壘の失に出で田中二壘ゴロに生きて滿壘なり。續く藤原絶好の内野ヒットに生還し依然滿壘にして捕手の三壘に投げし球正鵠を失し兒島生還して敵軍と同點となり我が應援軍狂喜せんばかりなり。岸本惜しくも三振し箸倉またPゴロを呈して止む。

 裏。井上左翼の頭上を抜く三壘打を打ち機を得て生還す。鈴木四球に出で石本左翼に大飛球を呈して斃れ、中田の中堅安打に鈴木本壘を奪はんとして刺され全四球に出で續く久保田の凡打に三死となる。

 第五戰。表。橋本ナットアウトに死し今村遊撃に名を成さしめ睦好Pゴロに終る。裏。平川凡死し梶本壘に立往生をなし坂野一壘ゴロに斃る。

 第六戰。表。村田四球を利し兒島の中堅安打に二壘に進みしも田中飛球を二壘に呈し村田又離壘せしかばダブルプレーを演ぜられ、兒島三壘を奪はんとして成らず。

 裏。井上三壘を強襲して生き一死の後石本四球に出で中田投手バントで出で滿壘なり。續く全左翼にファウルを打ち橋本得意のランニングキャッチにて之を殺せしが犠牲飛球になり井上生還す。久保田左翼にフライを呈し橋本の功名を増すのみなり。

 第七戰。表。藤原二壘ゴロ岸本Pゴロに死し箸倉四球によりて一壘を得しも後援續かず。裏。平川左翼の失に生き梶三壘ゴロに出で坂野中堅飛球に死し井上の中堅安打に滿壘となり續く鈴木、石本盡く本壘に憤死して止む。

 第八戰。表。兩軍の應援愈々猛烈を極め今村劈頭左翼に安打し續く睦好再び左翼に安全球を遣り、今村本壘に入らんとして刺され兒島、村田凡死す。裏。中田Pゴロに死し全四球に出でしも久保田左翼飛球に死し平川直球を投手に呈して止む。

 第九戰。表。我軍最後のインニングなり。田中左翼を過らしめ藤原の犠牲球に三壘に進み岸本投手に熱球を打ちて生き續く箸倉の犠牲球に田中本壘に入り橋本難球を打ちしも遂に刺され我軍惜くも三對四+Aにて敗る。
 時に午後六時十五分にして本日生徒諸子の熱烈なる應援を感謝し他日會稽の恥を雪がれん事を希望す。