昭和45年(58陽会)1970年

NO1

[第27回対県神戸高定期戦]
昭和45年5月13日(水)神戸市民球場
 県神戸 000 000 000=0
 県兵庫 100 000 00X=1


 (神)宇根−野見山
 (兵)坂本、松末−海川

 県兵庫の16勝11敗

【第52回全国野球選手権大会兵庫予選】
◎県予選登録メンバー◎
 部長 樋口 秀雄
 監督 柳生  茂
 投手 坂本 曉太B
 捕手 海川 恵司B
 一塁◎松末 成美B
 二塁 日向  進B
 三塁 奥田 一夫A
 遊撃 河内 武志A
 左翼 石野 修造B
 中堅 西田 康夫B
 右翼 田口 辰男B
 控  山下 英一A
 〃  青田 嘉之A
 〃  鈴木 圭介A
 〃  野上 一男A
 〃  東垣 和彦A
 〃  服部 一郎@
 〃  福井 博幸@
 〃  山下 泰信@

〈神戸新聞〉
昭和45年7月22日(水)姫路球場 (審判)中島、増沢、溝口
▽1回戦
 姫 路 000 000 020 01=3
 県兵庫 000 000 020 00=2

  (延長11回)

 (姫 路) 打安点
 G 別 所 500
 F 船 引 200
 E1 三輪 410
 H 高 田 400
 D 児 島 400
 C 松 浦 210
 @ 中 地 310
 6 藤 原 200
 A 藤 尾 520
 B 蓬 莱 400
     計 3550

 (県兵庫) 打安点
 F 石 野 510
 G 西 田 400
 @ 坂 本 520
 B 松 末 410
 A 海 川 400
 H 田 口 400
 E 河 内 400
 D 奥 田 410
 C 日 向 310
     計 3760

 (姫)71202113
    振球犠盗残失
 (兵)230152

 ▽二塁打=中地、松末 ▽暴投=坂本 ▽2時間30分

〔評〕姫路・中地、兵庫・坂本とも打たせてとるタイプ。バックスもよく守り、七回まで0を重ねた。ところが大詰にきて波乱が起きた。八回まず姫路が安打と死球の走者が重盗後、坂本の三塁けん制大悪投で2点をものにすれば、その裏兵庫は二死から連続3安打と2敵失で2点を返して同点に追いつき、そのまま延長戦にもつれ込んだ。

 十一回表、姫路は2安打と四球で二死満塁、別所の遊ゴロのトスを受けた二塁手が落球、この間三塁走者松浦生還して決勝点をあげた。
得点のすべてがエラーによるもので、兵庫中盤までの好守も水のアワだった。

(昭和45年度優秀選手)松末成美

58陽会(昭和46年卒)
 坂本 暁太    投手
 海川 恵司    捕手
 松末 成美    一塁
 日向  進    二塁
 石野 修造    左翼
 西田 康夫    中堅
 田口 辰夫    右翼
 高橋 力男    マネ
 

☆松末成美氏 昭和46年卒、58陽会

 昭和44年の県予選2回戦で武庫工に敗れたあと新チームを結成、その直後、秋の県大会の地区予選で惜しいところで代表枠の3チームに残れませんでした。1位滝川、2位育英、最後の3チーム目の座を巡って長田高校と争うことになりました。

 今から考えれば神戸高校との定期戦以外で全員一丸となって戦った熱の入った試合でした。試合の結果は1−2の惜敗でした。

 無死一、二塁で三塁寄り投前バント。投手として出場していた私は捕球したあと三塁に送球するか、一塁に投げるか、一瞬迷ったような気がしました。自分ではほんの一瞬と思ったのですが、判断するまでにかなり時間がかかったようです。

 その処理ミス、判断ミスのため二者の生還を許してしまったのです。あの送球が原因で県大会出場が出来なかったのですから責任を感じると同時に何時までも頭の中から離れません。皆に申し訳ないという思いと中途半端な判断をした自分を戒める教訓として肝に銘じています。